バーラストンで陶芸の工房"チャーチャード工場"を営む トーマス・ウェッジウッドとメアリーの第13子として生まれる
父トーマス・ウェッジウッド没。 長兄が受け継いだ工房で弟子となり、陶工としての修業を始める 本格的な徒弟見習の始まりは、1744年11月11日とされる
天然痘にかかり、 後遺症で右足が不自由になる
長兄の下での徒弟見習終了
ジョン・ハリソン、トーマス・オルダースとともに、 工房「ハリソン&オルダース」を設立 共同経営は、1754年まで続く
当時、英国フェントンで最も偉大な陶工であった トーマス・ウィルドンの若手共同経営者として、ビジネスを始める アゲート ウェア、クリーム ウェアを始め、数々の研究を進める
叔父のジョンとトーマスからバーズレムにあったアイビーハウス工場(Ivy House Works)を借り受け、 5月1日に独立<ウェッジウッド社設立> カリフラワー ウェアの焼成に成功。クリーム ウェアの改良を進める
生涯の大親友、トーマス・ベントレーと出会う トーマス・ベントレーは、1769年から80年まで共同経営者となる
工場をブリックハウス(Brick House)に移転 陶器製造業では大変画期的な、エンジンターン(動力ろくろ)を導入
従姉妹のサラと結婚
シャーロット王妃からご注文を賜り、ティー・サーヴィスを献上する ロンドンのカティートン通りに最初のショールームをオープン
ウェッジウッドの食器の美しさに魅了されたシャーロット王妃より「Potter to Her Majesty(女王陛下の陶工)」を拝命 クリーム ウェアに「Queen's Ware(クイーンズ ウェア)の名が与えられる トレント&マーシー運河、着工
5月28日、右足膝蓋骨から下を切断 ブラック バサルト完成
6月13日、トーマス・ベントレーと共同でエトルリア工場を開設 エトルリア工場での最初の作品である、「First Day's Vase(初日の壷)」をブラック バサルトにて制作
1769年に納めたハスク サービス(ディナーセット)に次ぎ、 ロシアのエカテリーナⅡ世妃より新たなディナーセットのご注文を賜り、 「フロッグ サービス」の制作にとりかかる
「フロッグ サービス」完成 数千回に及ぶ実験を重ねた末、オリジナルの素地「ジャスパー」を完成させる (さらに実験を重ね、年々色や種類を増やしていく)
トレント&マーシー運河完成
ジャスパーによる「ポートランドの壷」の制作を開始
奴隷制度へ反対を唱え、彫刻家ハックウッドに依頼し、奴隷解放運動のためのメダリオンを制作 これは、アメリカのベンジャミン・ハミルトンにも贈られる
「ポートランドの壷」完成 ジョサイアの探究心とパイオニア精神の結晶であるこの作品のモチーフは、 現在、ロゴデザインの一部に組み込まれている
1月3日死去 ストーク・オン・トレントの聖ピーターズ教会に葬られる